手術の付添いと昨日のお昼

大おかんの手首の手術で荘病に付添いで行って来ました。ウイズ「おかん」

点滴や麻酔に少々時間を要すると言うことで、一時間強程退却。

腹が減っては、付き添いもできない(爆)

さて、最上階へ行くか?それとも近くにシャッターするか迷いましたが、
外出して、すぐ近くのこちらのお店にシャッターしました。


厨房のところにメニュー版がありましたが、お店に配慮して座敷の
こちらを、それこそシャッター(爆)

私は、野菜不足を補う為に、タンメン。

私はナルト巻きや、この手の蒲鉾は買ってつまみで食べようとは
絶対に思わないほど、好みではないのですが、トッピングだと決して
邪魔に感じません。

変な奴なのです(爆)

「おかん」には、いつもデフォを食べろと忠告しているのですが、
たまにやる「丼物」

この日は親子丼をオーダーしていましたよ。

お腹も一杯になりました。どうもご馳走様でした!

川向こうに河川緑地がありますが、大昔は「第二公園」呼称していた
公園がありました。

各地の夏祭りも最後の頃、ここでもお祭りがあり子供相撲大会が
行われていました。

馬喰主催の祭りなので、庄内一賞品が豪華な相撲大会でも知られており、
町内付近のみならず、鶴岡各地から集まって来るものでした。

皆、私服のズボンに、上は裸でしたが、
褌を締めたガチンコ小学生も参加していました。

たった、二、三度コメントして知らない振りをしている
城北競馬場さんは承知の定です(爆)

我々は、そいつらを「フンドシ仮面」呼称して、闘争心剥き出しにして
ガチンコ対決したものです。

普通では勝てないレベルの相手でしたが、そこは賞品のみならず
賞金も掛かるので死にもの狂いになって戦いました。

賞金は最高で500円。あの当時の小遣いは平均して、月給1500円くらいの時代です。
三分の一が、ほんの数秒間頑張ればゲットできるのです(爆)

気合、根性、執念です。

私は祖母二人が賞品の荷物持ち、城北競馬場さんは、母上殿とアキコ姉さんでした(笑)

賞金の他に、5人抜きの盾、カップ、トロフィー。
墨汁、ノート、洗濯石鹸「ザブ」等を一年分、間に合う程取ったものです。

ちょいと寄り道してしまいましたので、荘病に戻りましょう(爆)
1時の約束だったので、12時45分頃戻りましたが、手術が前倒し
で始まっていました(爆)

そう言えば、私もちょうど10年前にここで、手を緊急手術しています。
岩場でちょいとヘマをしてしまい靭帯断裂orz

その時の担当看護士が、中学の同級生の「ダンゴ」というあだ名の
子でした。

今野整形まで自力で行き、そのまま紹介状を持参しての
手術でしたので、付添いもいませんでした。

「おかん」には手術と言わずに、普通の治療だと電話で嘘を言った記憶があります(爆)

ダンゴから着替えを手伝って貰いました。服は着せて貰いましたが、
ズボンは恥ずかしいので自力で履きました。
 
まさか、ダンゴに社会の窓を閉めて貰う訳にはいかないでしょう(核爆)

「かっけ、迎えを呼べよ!」と言われましたが、呼んだ振りをして
自力で帰って来ました。

ダンゴは「運転して帰る気だろう?」と途中まで追い掛けて
来ましたが、逃げ切りました(爆)

あの頃は、本当に若かった。あれから、10年。38歳~48歳。
一番衰えを痛感する年代なのではないだろうかorz

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