今がまさに旬!

今年も頂戴しました。私が日本一と称する「孟宗筍」

先だってのブログでもチラリと触れましたが、石塚きよし商店さんの
山の孟宗は本当に軟らかくて旨いのです。

今年も良質の物を頂きましたよ。

頂いてすぐに殺しました。

包丁なんか要りません。

ペティナイフがあれば十分です。

切れ目を入れるだけですから、1秒も掛かりません。

あとは両手で皮を外側に広げるように剥くだけです。

3秒は大袈裟ですが、5秒は掛かりません(爆)

茹でれば死にますので、冷蔵庫で一週間は持ちます。
2、3日以内に食べれば味落ちもしません。

先だってのブログで「きよし商店」さんは元酒蔵であったと言いましたが、
昭和17年に廃業しています。

戦争の影響で、米が手に入らなかった事もありますが、
元々は宮司業だったのです。

三瀬の気比神社は、農と武の神である事はあまりにも有名な話です。
数々の戦で多くの参拝者で賑わいました。

昭和12年の日中戦が激化する中で、多くの出征兵が参拝に
訪れました。

当時の新聞(資料)です。

見えづらいと思いますが、昭和13年8月26日に3000人。 
10月には6500人と書いてあります。

因みに、昭和12年7月から12月に入るまでの半年間で
県内外から合わせて7万近い人が参拝に訪れたとの
記録があります。

これは尋常じゃない数です。

その後に、太平洋戦争に突入して行く訳ですから、自ずとこんな次元の
話では無い筈です。

残念ながら記録(資料)には無いので、いい加減な事も言えないのですが、
更に賑わったであろう事は確実と言いたいところです。

石塚きよし宮司も酒造りどころではなかったでしょう(笑)

我等の八乙女ミニバスケ総監督「石塚宗一氏」の祖父に当たる方です。

監督の宗一氏は、宗一(しゅういち)と読みます。

祖父も「宗一氏」と同じ字を書きました。
それでも、読み方は「むねかず」です。

由緒ある家系なので継承して、襲名したものなのです。

由緒あるとは、結論から申し上げますと、石塚家の先祖が
気比神社を起こしたのです。

家系図を見てみましょう。

ほぼ、「宗」の字ですね。

監督宗一氏のサンさんは、「宗」一文字で「そう」君です。

そんな事ですので、自ずと三瀬の石塚姓の元祖でもあるのです。

昔は苗字が無かった人もいますし、あっても名乗れなかった人が
多かったです。

三瀬の石塚姓の発端は、石塚キヨシ商店さんです。
時代がかわり、苗字を名乗れるようになったのは石塚きよし商店さんの
お陰ではないですが、三瀬においての石塚姓は、そもそも石塚きよし商店さんの先祖があったお陰で貰った苗字なのです。

三瀬の石塚家の皆さんは、その辺で「キヨシ監督」に出会ったら
是非、お礼を言っていただきたいと思います(爆)

ん?いつのまにか脱線してしまいましたので、きよしさんの孟宗竹に
戻ります(笑)

殺した孟宗の穂先を煮ました。

中華そばのトッピングです。

この日限定一食、穂先メンマならぬ「穂先孟宗中華そば」です(爆)

私が食べました(核爆)

これは旨いとか凄いとかの次元ではありません。
薄皮の部分も旨いです。

穂先メンマとは比べ物になりません。

いやぁ~。旨かったです。有難う御座います。きよし監督!

と、ここまで書いたところで、湯田川の大親友からも来ました(爆)
誰か分かりますよね?(笑)

気合の平孟宗です。

親友の湯田川孟宗は煮しめにしよう。

特に、身欠ニシンとは最高に合いますよ。

確か冷凍庫に在庫があった筈です。

有りましたが確か8つあった筈ですが、6つしかありません。

おかしいです。

勘違いかもしれません。

ニシンが8と言いますから(爆)(爆)