舎利

昨日、「シャリ」という呼称で簡単に使ってしまいましたが、鮨職人のみならず、一般の人も最近ではシャリ呼称を多く使用しているのではないでしょうかね?
以前は、お客が通気取りで使用していたに過ぎなかった訳でしょうけど、現在は結構当たり前に使用している言葉のような気がします。
シャリは鮨飯のことです。戦後は貧乏人は贅沢などできずに、玄米ばかりを食べていたそうです。
そして、白米のことを「銀シャリ」とよんでいました。威勢の良い居酒屋などで「ご飯」を注文すると、「銀シャリ一丁!」という声が聞こえて来る所もありますね。
さて、このシャリは漢字に直すと「舎利」であるのをご存知でしたか?般若心経、正しくは「摩訶般若波羅蜜多心経」の中に「度一切苦厄。舎利子。」とあります。
舎利とは遺骨のことのようです。一般的には仏教の開祖をお釈迦様としていますよね。釈迦を仏陀とも言いますが、これはインドでは「目覚めた人」とか「悟った者」の意味のようです。
お釈迦様が亡くなった時に、遺骨を粉々に砕き、各地に分配されたと伝えられています。その骨の形状が米粒に似ていたとされて、米→ご飯を「シャリ」と呼ぶようになったという話のようです。
勿論、中国から日本に伝わったものと思われますが、それを考えるとインドから中国に伝わったと考えるのが妥当のような気がします。
舎利とはインドでもご飯を意味していたのではないかというふうに思われますね。
上記で一般的にはと書きましたが、浄土宗のお寺で住職から説教を聞いたことを思い出しましたが、お釈迦様批判をしておりましたね。
お釈迦様は実際に存在した人物であるので、人間である以上はどこかに欠点がある。阿弥陀様は架空の人物であるので、欠点が無いなどと能書きを言っていたのを思い出しました。
同じ仏教なのですから、そこまで言わなくてもと思いましたし、他の宗教をどうのこうのは良くないことだと私は思いますけどね。

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