この日は無性に味噌ラーメンが食べたくて城下町管内七日町のこちらのお店にシャッター。
とにかく、⑧さんから10分圏内で美味しい味噌ラーメンと言うと、勝氏のお店がメインでありましたが、遺憾な事に閉店(大泣;orz)
そんな事で、味噌ロスと言う事もあり、以前から気になっていたのですが、中々訪店できずにいて、この度伺う事にしました。知り合いからの超が付くお勧めがあり行くことを決めました。
『開店そんまのころだば、なんぼがどんけねっけども、今だば、すんごぐよぐなってるさげ…』
「開店当初は、いくらか物足りなさはあったけど、今は凄く良くなっているから」と訳してみます。
「どんけね」は、本来は、味が無いと言う認識が良いのかもしれませんが、味が無い訳では無いので、その知り合いの意味合いとしては、いくらか物足りないとか、多少コクが足りないとの事なのかなと解釈ではいます。
さて、そんな地元弁はともかく駐車場はありますが、こちらのテナントビルの裏手が専用駐車場ですのでお間違えの無い様にしましょう。
私は、慌てて裏手に車を移動(大汗;)
その間、まだ10時55分と言うのに、暖簾が既に出ていました。
いやぁ~、やる気がある証拠です(感心)
とにかく、開店謳い時刻よりも早めに開店してくれるお店は、本当に有難く感じます。やる気があるのは勿論でしょう!やる気が無いお店など無い訳ですからね(爆)
冬ならば寒い訳ですし、夏ならば暑い訳です。
やはり、自らがお客様の立場になって考える事がどれだけ大切な事であるかでしょうね。
さて、ご存じの方は多くはないかもしれませんが、こちらの店主のお父上は、内川端で『ソーラン軒』さんと言うラーメン店を経営されていたお方であります。
場所は、江戸時代には町名から十日町橋呼称され、現在は改名され「鶴園橋」となっています。「つるその」とも「つるぞの」とも書かれた物がありますが、後者がしっくり来る呼称だと思います。その西側には鶴岡公園がある事から、鶴岡の公園近くと言う事で、鶴と園を取っての事だと憶測してしまうところでありますが概ね間違いのないところだと思います。
その下流に架かる橋が三日町橋でありましたが、明治9年に橋が架け替えられて、『三雪橋』と改名されました。金峰山、月山、鳥海山の雪が見える事からと言うのが、城下町人であればほとんどが承知していますが、命名人は『三島通庸(みちつね)』なる者です。
全ての方向を望んで「金峰山、月山,鳥海山の三つの山の雪が美しく映え、これぞ三雪橋」と言ったと云われています。
事ほど左様で、三島氏は現吉村県人でも多くは認識はしてはいないかもしれませんが、初代県知事であります。一応、当時は『県令』と言う呼称をしておりました。その年に『鶴園橋』も改名されました。
勿論、鶴園橋は明治初期に竣工していますが、命名が同橋と同じ明治9年と言う事なのです。
この内川の存在、内川に対しての外川(赤川)に付いての講釈をしたいところですが、大幅な脱線は避けられないので今日は割愛します(爆)
さて、そして、その後、西新斎町、現在の旧大動脈(元R7)サイド、現在の「すき家」側に移りましたが、そこで最後まで切り盛りしていた店主は、内川端ソーラン軒さん経営者の兄上なのです。
よって、こちらの店主は後のソーラン軒さん店主の姪殿と言う事にもなります。
それこそ、内川端時代は、蒲鉾体育館でプロレスの試合があると、観戦後に必ず寄りました。
中1の時が初訪だったと思います。
世の中に、こんな旨いラーメンがあるのかと思うほど最高に美味しく食べた記憶があります。
幼稚園児から小学校時代は、ある理由があり毎日の様に中華そば(ラーメン醤油味)を食べて来た訳ですが、生まれて初めて食べた味噌ラーメンがこちらのお店でした。
店内のかおりも雰囲気も他の食堂とは異なるものを少年ながら感じたのを記憶しています。
この時には、店主のお父上渾身の味噌ラーメンを食べさせって貰った事になりますね!
切り盛りをしていた女将(内儀殿)にも、この日、お目に掛かる事が出来ました。
味噌ラーメン、麺硬めでオーダーしてみました。
麺硬めができないお店、硬めでとお願いしただけで機嫌が悪くなる店主も世にはいると聞きますが、こちらの店主は快く承知してくれました(感謝)
初訪のお店は本当に色々気を使うものなのです。
メニューも撮らせて貰って良いかを打診して、OKが出てから撮影をします。
とても愛想も良く、初訪店ですがとても気分よく、落ち着いてラーメンが食べられる雰囲気です。
それがまずは一番大事な事でもあります。
硬め、軟らかめ、濃い、薄いなどとお願いして、断わられたり、嫌な顔されたら、そこでほぼアウトに近いんじゃないかと思うのです。
気分が悪くなった状態でラーメンを提供されて食べても、本来の満足感は得られるものではないと思うのです。まあ、ラーメンに限らず、全ての食べ物でもそうだと思います。
賛否があるのは承知しておりますし、できないと言うお店の事情も分からなくはないです。ただ、私はできる限り、お客様の好みで食べて欲しいと言うのが大事だと考えています。
因みに、中華麺の茹で加減と比較する事すらナンセンスは承知ですが、ステーキの焼き方を考えてみましょうか!
私も子供の頃は、レア、ミディアム、ウェルダンの三段階しか知りませんでした!
両親はいつもレア、エレメンタリー時代の小生はミディアム、祖母はウェルダンでした(明治生まれ)
懐かしい山王閣での食事でした。
しかし、ステーキの焼き方は、まだまだある事を知ります。
高校時代には、ミディアムレアがあると言う事を!
その後、実際的には10段階があると云われていると言う事を知ります(仰天&言語道断爆)
以下の10段階です。
ロー
ブルー
ブルーレア
レア
ミディアムレア
ミディアム
ミディアムウェル
ウェル
ウェルダン
ベリーウェルダン
良くは分かりませんが、ステーキ自体が焼くと認識していますので、ロウと言うのは?ステーキ店でロウならば、別に行く必要は無く、その辺で牛刺しを食べればと思ってしまいますよね?(爆)
ベリーウェルダンは、はっきり言って想像が付きません!
これまでの経験で、ミディアムとウェルダンを承知している私にとっては、
ただの牛肉の焦げか!?(核爆)
レアで食べたいのに、ウェルダンしか提供できない、ウエルダンで食べたいのにレアでした提供できないのと同じ理屈だと思います。
因みに、私のところでは「硬め」と「軟らかめ」のオーダーは相当多くあります。「あっさり」「こってり」は、ほぼ半々の割合です。
それを考えれば、一本に絞る訳には商売的にもNGと言うのが結論です。
本当にケソチャソラーメソさんとかは、個人的にも感心しますね!
自信の無さの表れだと指摘する人もいるかもしれませんが、私からすれば、とんでもない話です!お客様により美味しく召し上がって貰う為です。正に心尽くしなのです!
さて、店主が調理に入りますが、作るテンポが非常に良いです。
平ザル捌きもお見事!そして、麺茹ではキッチンタイマーを使用しいていないのでは?(多分)
大体の感覚でやっているものか?(流石)
因みに、伯父様はアワーグラスを使用していました!
かなり、長めの時間を茹でる店主でしたので、砂が半分くらいまで落ちると、
そこで上げて下さいと言って、睨まれた事を思い出します(核掛自爆)
その後の訪店では「硬めでお願いします」と言ったら、返事はしてくれませんでしたが、アワーグラスの砂が落ちる前に麺上げしてくれました(嬉)
さて、そんな事はともかくも着丼です。
まずはスープから!
昔の2chねらーに質問です!南の反対は?(爆)
キタ――(゚∀゚)――!!(完全死語爆)
いやぁ~、マジで来ましたよ!熱い!これ基本中の基本です。これは相当に旨い!!超私好みの味です!!!
見た目は、モヤシとコーン、それに挽肉も入っていて、それこそソーラン軒さんの事が思い出されます。
しかし、スープが全然とは言いませんが、かなり違って感じました。
一瞬ですが、味噌以外の調味料の風味を感じました。
味噌ラーメンなので、味噌ベースは当然ですが、一瞬他の風味を感じました。
間違いなく感じましたが、すぐにどこかに消えて行ってしまった感じです。
外れると困るし、それが隠し味の㊙でも困るので、あえて書きません(爆)
私は、断然、この日のスープの方が好みであります。
店主の伯父様には大変失礼ながら、進化したと言うよりも、まるで別物と言っても過言では無いのではと個人的には感じました。
スープに厚みもあり、コクもあって実に美味しく素晴らしいと思います。
そして、塩梅が少ししょっぱめなところが伯父様のスープとの違いで、私には最高に感じるところの部分でもあると思います。勿論、麺の硬さも関係しているでしょう。パンチも有りファンタスティックです!
伯父様のアドバイスを受け、或いはレシピを参考に、母上と共に試行錯誤を繰り返して完成した一杯なのでしょう。
間違いなく、鶴園橋側で一際異彩を放ち、そこで切り盛りしていたお父上のDNAが蘇ったかの様な感動の一杯が完成されと言って良いと思います(感動)
〆の味噌汁ならば、少し薄味仕立ての設定で返り味を楽しむのも解かりますが、味噌ラーメンは少し濃い味が良いです(個人的意見)
これは相当に旨いです!(感激レベル)
麺の茹で加減にしても、伯父様は大して硬めにはしてくれなかったものと思います。
この日は硬め、同じ番数の麺でも、茹で加減によっては異なって感じて当然です。
以前は軟らか茹での麺、この日は硬茹での麺。
自ずと、硬い麺の方が細くなる(感じる)ものです。
番数を替えたものかとも思いましたが、恐らくは、茹で加減の差でしょう。
何れにしても、バランス最高!麺の茹で加減にしても最高に私好みでありましたよ!
いやぁ~、探していました、こんな味噌ラーメン。
そんな味噌ラーメンに出合えるとは?まさに奇跡の味噌ラーメンですよ!(激感謝)
これは、次は機会があれば「おかん」も連れて行けば、間違いなく喜ぶだろう味だと確信しました。私は必ず近い内に再訪するでしょうが、「おかん」の定休日は、ほぼ休みになっていない状態なので厳しいかもしれませんね(孫看訳)
最悪、6月以降になってしまうかもしれませんが何とかその前に万障繰り合わせて訪店したいものですがどうかな!?
さて、勿論KK。大盛りでも良いくらいです。
この丼も美味しさを増してくれていると思いますよ。
飛鳥流真空斬りの赤ドン鈴之助(爆)
春には草の芽立ちを誘い、緑深い夏を呼ぶ事となりましょう(紀の川爆)
蛇足になりますが、こちらの店名で、鶴の徽章ジュニアハイスクール時代のコーラスフェスティバルを思い出しました。
『Kino River』は、大好きな歌。中2の時ですが、一つ上の3年生が最優秀賞をゲットしたのが、この曲(自由)でした!3年1組。勿論、前年の2年時も最優秀賞をゲットしたコーラスフェスティバル最強軍団でした(笑)
奇しくも、その組の指揮者は、私の城下町管内(本宅)のお隣にお住いの五十嵐先輩と言う方なのです。
先輩は歌も上手かった。高校時代、私が2階の部屋でハウンドドックの曲をステレオ全開で流していると、隣の2階の窓から、カモンの合図。
隣の先輩の部屋に呼び出されて、「今、良い歌を聞いているから邪魔するな!」と言われ、そのまま聞かされる破目になったのでした(笑)
曲は長渕剛さんの『順子』 その曲に合わせて、先輩が熱唱(笑)
しかも「順子」ではなく「けいこ」と歌っていました(爆)
純恋歌、乾杯、夏祭り、逆流なども何曲も続けて熱唱して、40分は長渕さんの歌を聞かされました(爆)
勿論、その一日では済まずに、何日もカモン命令が来て、聞かされた事を思い出します。
その影響で、私も長渕さんの歌が好きになっていきました。
あれだけ歌が上手い五十嵐先輩ですから、指揮などしないで歌に回れば、虎に翼だったのでは?それこそ、2年時は「翼を下さい」で最優秀賞だったかな?(爆)
そんな一つ上の先輩のクラスが最優秀賞を取った歌で、二匹目の泥鰌を狙ったクラスもありました。
8組だったと思うのですが、残念な結果に終わりました。
では、我が6組はと言うと、そんなレベルの泥鰌ではありませんでした(爆)
その前年にNHK全国学校音楽コンクール中学部門で最優秀を取った自由曲「親知らず、子知らず」しかも、生徒達で決めた訳でも無く、担任が仕入れて来た歌(爆)
更には、中間発表会では、どこのクラスも自由曲の手の内を見せようとはせずに、
課題曲を披露していました。
しかし、我が6組は担任の指示で「自由曲を歌って、違うところを見せてやろう!」と言うものでした。
まあ、他のクラスからすれば、凄いなぁ~と言うよりも調子に乗りやがってくらいしか思っていなかったでしょうね(爆)一発噛ます作戦失敗だったでしょうか!?(爆)
更には、あるあるかは知りませんが、中間発表が終わってから、男子と女子が些細な事から喧嘩になり、まともな練習ができずにいました(オーマイガー)
2年時には優秀賞をゲットして、繰り上がりの同じメンバーで最優秀賞を取って卒業しようと前年から目標を立てて団結していたクラスが、そんな理由で数日まともに練習もできずにいたのでした(苦笑)
そんな事で、結果は優秀賞の2クラスにも入らず、最優秀賞を取ったのは、それこそ二年連続の5組でした。「カムイパポニカアーホイヤー???」何か訳の分からぬ、呪文みたいなものを連呼して最優秀賞をゲットしてしまいましたね(核爆)
バス、テノール、ソプラノ、アルトとバランスの取れたクラスだったと思います。
卒業式で、全クラスの自由曲が入ったLP盤のレコードを貰い、後から実際に聞いてみましたが、やはり、5組が断然だなと痛感した記憶があります。
今思えば、それこそ合唱も最重要は、ラーメンと同じくバランスと言う事なのですね(爆)
そんなバランス最高の味噌ラーメンを食べに出掛けてみては如何でしょうか!(是非お勧め)
私も必ず伺いますし、隠し味の調味料を再度確認して来ます。
なにか忘れ物をして来たかの様で落ち着きません。
判った時は、思い切って店主に打診してみようと思います。
当たるか外れるかは、勿論分かりませんが、次こそが店主との真剣勝負の場になるでしょう!
今から楽しみでなりません!
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