定休日の出来事Ⅲ

さて、長崎から船に乗って神戸には行かず、端島(羽島)へ!(笑)

明治中期に三菱が旧鍋島藩から、10万円(現在推定20億円)で買ったと言います。

端島は、周囲を徒歩15分程度の小さな島です。

明治時代から昭和時代まで海底炭鉱で栄えた島。

人口密度は東京の17倍超の時期もあり、世界一であったと言うお話でした。

逆持っている男ですから、島に渡れるとは思っていませんでしたが、天候も良く、凪で本当に良かったです。

欠航も覚悟して行きましたから!

島の出入り口にある鉱員の協同風呂。部屋が小さいので風呂を作れなく、共同風呂を作り、他の家族も島内に数か所ある共同浴場で入浴していたそうです。

25mの島民プール。

水は海水で、魚が泳ぐ中、水泳大会を開催していたそうです(爆)

島民アパート。

部屋は、ほぼ6畳一間。4,5人家族になると、子供達の寝床は押し入れだったと言います。

なぜ、そこまでして炭鉱員になる為、三菱に入社したかと言えば給料が半端ではなかったらしいのです。

一般の2倍。稼ぐ人は3倍であったと言います。

休まず稼げば、3倍の給料が貰えたそうです。

因みに、昭和39年お江戸オリンピックをカラーTVで観る事が出来たのは、恐らく一割にも満たない大金持ちのみだったのでは?

しかしながら、ここの島民の部屋には、39年当時ほぼカラーTVがあったそうです(仰天;)

私の親戚はオリンピックを観る為にカラーTVを買ったそうです(まるい食品凄;)

私の家には、その6年後の私が5歳時の昭和45年にカラーTVが来たそうです(貧乏;)

まさに眠らない島で、石炭を全て掘り尽くす閉山まで灯りが消える事はなかったそうです。

閉山後に建てられた灯台。

学校は7階建て。生徒数は1100人超。

画像左が、小中高の建物だそうです。合わせてと言えども1000人超はアンビリバボーです。

幼稚園は作る場所が無い為に、隣の9階建てアパートの屋上に作られたそうです。

あと、ほとんど無いものがないほどで、霊安室はあったそうですが火葬場は無く、船で近くの中の島へ移動していたそうです。

火葬場もアパートの最上階とか作れなかったものか?(斎場爆)

それこそ、墓も同じく中の島にあったそうで、最上階とか屋上になどとは儚い望みだったのでしょうね(爆)

この親父ギャグ、ぼちぼちでしょ?(爆)

さて、船が動いている時は良いのですが、止まってガイドを聞いていると、
酔いそうになります(大汗;)

毎日酒に酔って、旅行でも船酔いする訳にはいきません(爆)

本当に船酔いだけが懸念でした。

長崎から船で酔って端島へとならない事を祈っていました(爆)

初訪ではありますが、嗚呼、長崎は今日も駄目だったにはギリギリならなくて良かったです(雨よりも悪い爆)

さて、後はお昼を食べて、一か所だけ見て、帰るだけになりました。

超駄目元で向かったお店。ちゃんぽん発祥のお店です。

はい、案の定駄目でした(超激込みワロタwww)

まあ、こればかりは、船の帰港時間もありましたしどうにもなりません。

端島行き無しで、開店一時間前に並べは、飛行機時間の懸念も無く食べる事ができたでしょうけど。

まずは、ちゃんぽんがメインでは無く、端島に重点を置いた時点で諦めなければいけなかったのです。

即諦めて向かったお店が、すぐ近くのこちらです。

並んでいない様な感じに見えますが、店内には15人程の待ち。
名前を記入して待つシステム。

10組待ちでした。見ていると、記入してから、近くに散歩するお客さんも目に付きました。

もう、ここから移動してお店を探す気もなれずに、待つ事にしました。
その方が賢明で間違い無いと判断したからです。

着席の前に、オーダーを事前に伝えるシステムでした。

着席後に、いくらかでも待たせない段取りでしょうね(感心)

朝食で皿うどんも食べましいたので、二人ともちゃんぽんと決めていました。

ちゃんぽん二つとお願いしてから、麺硬めはできるか打診しましたが、不可との事でした。

うみゅ~、ここまで来て、麺が軟らかく感じて後悔はしたくないので、とっさの判断で私だけ五目炒飯にしました。

「おかん」は、ちゃんぽんで行きましたよ(笑)

それこそ段取りの良さで、早くも「おかん」のちゃんぽんが運ばれて来ました。

そして、私の五目炒飯です。
パラパラ系で、良い仕事していると思います。

五目=5種類の具材では無いのでしょう。

私も五目中華そばを食べた事は無いのですが、見た事は何度かあります。

4種類の具材の時もありましたし、6種類の具材の時もあり、ネギを入れると7種類が入っていた事も確かあった様な…。

そんな事で、これまでの事を考えても、五目は5種類の具材では無い気がします。

まあ、分かり易く言えば、6種類、7種類の具材を入れた炊き込みご飯でも『五目炊き込みご飯』であり、六目、七目ご飯呼称しませんからね!

さて、急いで慌てて次に向かいます(爆)滞在時間30分程取れるだろうか?

と言うところで、向かったのは夢のジャパネットタカタ蹴球場です。

ホテルの部屋から観戦する事もできるみたいですよ!

いやぁ~、ここまでもそうですが、実に忙しい旅。
そりゃ、当然ですよね。飛行機利用と言っても長崎ですからね!

「おかん」は何も見ずに、10分程度の時間で土産を買っただけ。

道路状況も分らないので、滞在時間15分で空港へと車を飛ばしました。

それにしても今回の九州の旅。観光地の凄さに関心でもあり感心して来ました(羨望笑)

ただ、端島が三瀬沖にあったならばなんて一ミリ考えませんでしたよ(爆)

絶対に九州合併できる筈も無い訳ですから(核爆)

観光地を羨ましくなんて思った時点で負けになります。

過疎地であっても地道に頑張って行くしかありません。

その様に強く感じた旅でもありました。

帰りの飛行機では、自ずとゆっくり、じっくり呑めません。

ここも何か損した気分になるのが、空の旅の難点のど飴です(爆)